To Far Away Times

間接的自己紹介

激情プロトコル

シャワーを浴びている間に色々思いついてここに書こうと思うんだけど、もちろんシャワーを浴びている間にスマホで文章を打ち込むことはできない。防水ならどうだという意見には、あなたは髪や体を洗っている時に文章を打てるのか?と訊ねたい。俺にはそれは無理なので、思考を広げるだけが限界である。シャワーを出て髪を乾かしたりなんだりしていると、その内のにその微弱な発想は霧消してしまう。霧消する、という動詞があるかどうかは定かではないが、雲散霧消という四字熟語の後半部分だけ取っているということが分かれば意味がわかるからまぁいいだろうというノリだ。この場合、雲散と霧消は類義語だから成り立つ。これが馬耳東風だったら、東風すると言っても頭にクエスチョンマークが浮かぶ。麻雀の話かな?と思ってしまう人もいるかもしれない。そんな昨今いかがお過ごしでしょうか。

今回は短いけどこれで終わり。書くという気持ちが大事なのだ。しかしこの「書かなくては」という強迫観念的なものは一体なんなのか。一体誰が俺を追い立てているというのか。考える価値はありそうだ。と言っても答えは簡単で、追い立てているのは俺である。ブログなどを書くことはミクシイをやっていた頃のおかげで(せいで)好きだ。ただその好きという気持ちが強迫観念的な何かになってきていることは自覚しているのである。好きだからこそやらなくてはという焦りが逆に手を止める原因になっているのである。勤勉な人にとってはそこで書きまくるのかもしれないけども、自分は怠け者なのでここで更新を止めてしまうのであった。しかし正体はわかったが原因というか、何故、という部分は解明されていない。